海外生活

外国に住むと感じる「日本人」という感覚

私のブログを読んでいた方の中の大半は、すでに海外生活をしているか、自由な生活を手に入れて海外で生活したいと考えている人が大半だと思います。

私自身、過去に海外で生活していた時期があり、今後も仕事があるという理由もありますが海外で生活せざるを得ないと思っています。

日本にずっと住んでいると、海外で生活してみたいとか、子供に英語教育を施したいと考える気持ちはよくわかります。

憧れはありますが、海外に行くと現実に直面します。それは自分は日本人だということです。

日本に住んでいるうちは、周りはすべて日本人なので特に気にすることもないかと思いますが、異人種に囲まれるようになると、それまで気にも留めなかった感覚に襲われるようになります。

 

かなり昔の話になりますが、英語がヘタであることが原因でコンプレックスがかなりありました。

言いたいことが伝えられない度、また相手の言っていることが分からない度、そのことを痛感していました。

言葉が通じない、文化が違うと余計に「外国人」との壁を感じるものだと思います。

 

外国に住んでいる日本人は、もしかしたら私と同じような感覚を無意識に持っているのかもしれません。

無理矢理、現地人と同化しようとして、日本人と出会うと知らない顔をしたりする人が本当に多いです。

自分は「日本人など知らない」とでもいいだけな態度を取る人の場合、日本人としての自分のルーツに自信がないのでしょう。

欧米ではそういう傾向が強い気がします。

海外に長年住んで、言語ができるようになっても、心の中にある無意識な感覚は消し去れないものなのでしょう。

アイデンティティクライシスのようなものなのでしょう。

それとは反対ですが、外国に住んでも日本人としか付き合わないという人もいるようです。

 

私は今となっては英語がそれなりに話せるのですが、それでもやはり自分は日本人なのだなと感じます。

しかしよく考えるとそれを否定する必要は全くないわけで、別に隠したり卑下しないことで、人間関係もうまくいくようになりました。

当たり前ですが親しくなると、「アメリカ人」とか「日本人」といった固定概念による括りではなく、一個人としてあなたのことを見てくれるようになります。

知り合いになった人かたまたまアジア系のバックグラウンドがあった、くらいの感覚になっていくものなのです。

よく知り合いと、これまで「外国人」として一括りに考えていた人たちひとりひとりにも、それぞれバックグラウンドがあります。

ドイツ系だったり、ポーランド系や中東系だったりするのですが、別にそれを否定する必要は全くなく、たまたま自分のバックグラウンドが日本だったというだけのことに過ぎなくなります。

 

今でも時々、「あなた英語が上手ね」なとど言われることが時々あり、その時は「あなたも英語がお上手ですね」と切り返すようにしています。

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